東京高等裁判所 平成2年(行ケ)288号 判決
一 請求の原因一、二の事実(特許庁における手続の経緯及び審決の理由の要点)が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
二 取消事由についての判断
1 本願商標及び引用各商標の各構成、その指定商品及び登録出願日並びに引用各商標の登録日(引用例A商標については更新登録日も)が審決認定のとおりであることは当事者間に争いがない。
2 原告は、本願商標から生ずる「サミー」と引用各商標から生ずる「サニー」の称呼とはそれらの語調語感が近似し、彼此聴き誤るおそれがあるものであるとした審決の判断が誤りであると主張するので、この点について判断する。
まず、本願商標の「サミー」及び引用各商標の「サニー」の称呼は、共に長音を含む三音よりなり、称呼における識別上最も重要な要素を占める語頭音「サ」(語頭音「サ」が称呼による識別上最も重要な音であることは原告も認めるところである。)と語尾音の長音を共通にし、第二音の「ミ」と「ニ」に差異があるのみであるが、この第二音の「ミ」と「ニ」にしても、前者は通鼻音(「呼気を鼻腔へ流出させることによつて生ずる音」・成立に争いのない乙第一号証「音聲學大辞典五七八頁」)「m」と母音「i」との結合音であり、後者は通鼻音「n」と母音「i」との結合音であるから、「ミ」と「ニ」の音は、通鼻音の子音に共通の母音「i」を結合させた極めて近似した音であるといえる。しかして、本願商標の「サミー」と引用各商標の「サニー」との称呼の差異は、畢竟「ミ」と「ニ」を構成する通鼻音「m」と同じく通鼻音である「n」の違いに尽きるが、それらの音声学的な差をみても、前者が両唇音である通鼻音であるのに対して、後者が歯茎音である通鼻音である点の違いにすぎない(両唇音とは「上下の唇でつくられる音」であり、歯茎音とは「舌先の上の歯茎とでつくられる音」である。「音声学・音韻論からみた商標称呼の類似性」三頁・成立に争いのない甲第六号証の一)。しかも、音声学的にみて極めて近似したこの「ミ」と「ニ」には共に長音が続いているので、一連に称呼された場合には、聴者には、両者に共通した母音である「i」の「イ」の音が余韻として残り、子音である「m」や「n」の音は薄れてしまうものとみざるを得ない。このようにみてくると、第二音である「ミ」と「ニ」の音の差異が、本願商標と引用各商標とを称呼において明瞭に識別することになる要素としてみることはできず、両称呼を全体として一連に称呼したときには、その語調語感は極めて近似したものとなり、互いに紛れるおそれのあるものといわざるを得ない。
したがつて、「ミ」と「ニ」の音の差異が称呼全体に与える影響は少なく、両者をそれぞれ一連に称呼するときは、その語調語感が近似したものとなり、聴者をして、彼此聴き誤るおそれがあるものとした審決の判断を誤りとすることはできない。
3 原告は、本願商標と引用各商標の称呼の音数構成のように、比較的短い音数構成の称呼においては、一つの差異音が称呼全体に与える影響が大きく、これによつて両称呼の差異を識別させることになる余地も大きくなる旨主張するが、本願商標や引用各商標の称呼のように、たとい三音構成の比較的短い称呼においても、相違する一音が母音を同じくする近似した子音であり、かつこの相違する一音に長音が続くことも共通している音構成の称呼においては、使用による顕著性があるなど特段の事情のない限り、両称呼は類似するものとみるのが相当である。
確かに、争いのない引用各商標の構成、各指定商品及び登録日に、成立に争いのない甲第四号証の一、二(商公昭五〇―二九一四号に係る商標公報及び登録第一一六一六一〇号閉鎖登録原簿)並びに弁論の全趣旨を総合すると、本願商標と同一の称呼を生じる「サミー」(指定商品第二四類「釣り具その他本類に属する商品」・登録第一一六一六一〇号・昭和四八年二月二六日出願、昭和五〇年三月五日登録、昭和六〇年一〇月九日存続期間満了)の商標が、引用A商標(指定商品 旧第六五類)と併存して登録され、また、右の「サミー」の登録商標が有効に存続している間に、引用B商標及び引用C商標がそれぞれ登録されていることが認められ、また、成立に争いのない甲第五号証の一ないし八(いずれも商標公報)並びに弁論の全趣旨を総合すると、指定商品第七類において、「SUNNY」(登録第一三四二一八九号・商公昭五二―六一五九〇号)、「サニー」(登録第一八三二六七三号・商公昭六〇―三二六二〇号)及び「サミー」(登録第一二九五五八六号・商公昭五二―八三号)が併存して登録されており、第九類においても、「サニー」(登録第七六八七六七号・商公昭四二―三八五八四号)、「サミー」(登録第七七九九一七号・商公昭四二―三八五八四号)、「Sammy」(第一八五三五八二号・商公昭六〇―五五〇四五号)が併存して登録されていることが認められるところ、原告はかかる登録事例に照らしても、本願商標と引用各商標は称呼において類似するとはいえない旨主張する。
しかし、商標登録出願に対する許否は、担当審査官、審判官の独立した判断に委ねられているところであり、その判断自体に首肯すべき事由がある限り、これを違法とすることはできない。仮に、右判断が過去の登録又は拒絶事例と異なる如くであつたとしても、これら事例が当該担当審査官、審判官を拘束するものではない以上、そのことが右判断を違法ならしめる理由となるものでないことはいうまでもないところである(もとより同種事例に対し同種判断がなされることは、法的安定、特許庁に対する信頼、出願人に対する公平等の観点から望ましいことであるが、そのことと判断の適否は別問題である。)。しかして、既に説示したところによれば、本願商標と引用各商標が称呼において類似するとした審決の判断には首肯すべきものがあるということができるから、前記各登録事例があるからといつて、審決の判断を違法とすることはできない(成立に争いのない甲第七ないし第一七号証も同様の理由により、審決を違法とする根拠たり得るものではない。)。
4 したがつて、本願商標と引用各商標の称呼における第二音の「ミ」と「ニ」の音の差異が称呼全体に与える影響は少なく、両者をそれぞれ一連に称呼するときは、その語調、語感が近似したものとなり、聴者をして、彼此聴き誤るおそれがあるとみたうえで、本願商標と引用各商標とは、称呼において類似するとした審決の判断は正当であり、かつ、指定商品も同一または類似するものであることも明らかであるから、本願商標は、商標法四条一項一一号に該当するものである。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に認定判断を誤つた違法があることを理由に、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却する。
〔編注1〕本件における請求の原因は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和五九年六月二八日別紙一に示すとおり若干くずした英文字「Sammy」を横書きし、その上下に若干肉太の線を配した構成とし、指定商品を第二四類「パチンコ機、その他本類に属する商品」とする商標(以下「本願商標」という。)について商標登録出願(昭和五九年商標登録願第六七六三九号)をしたところ、昭和六一年八月八日拒絶査定されたので、同月二五日これを不服として審判の請求をした。特許庁は、右請求を昭和六一年審判第一七九四九号事件として審理した結果、平成二年一〇月一一日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。
二 審決の理由の要点
1 本願商標の構成、指定商品及び商標登録出願日は前項記載のとおりである。
2 原査定において、本願商標の拒絶の理由に引用した登録第三七七一八九号商標(以下「引用A商標」という。)は、別紙二に示すように「SUNNY」の欧文字を横書きし、その下部に「サニー」の片仮名文字を縦書きした構成よりなり、旧第六五類「玩具及運動遊戯具」を指定商品として、昭和二二年一一月六日に登録出願され、昭和二四年七月三〇日に登録され、その後、昭和四五年九月一七日、昭和五五年三月二八日及び平成元年八月二三日に商標権存続期間の更新登録がなされたものである。
同じく登録第一四六三三六一号商標(以下「引用B商標」という。)は、別紙三に示すとおり「サニー」の片仮名文字を縦書きしてなり、第二四類「釣り具」を指定商品として昭和五二年三月二四日に登録出願され、昭和五六年五月三〇日に登録されたものである。
同じく登録第一七七九〇四七号商標は(以下「引用C商標」という。)は、別紙四に示すとおり「SUNY」の欧文字と「サニー」の片仮名文字を上下二段に書してなり、第二四類「楽器、演奏補助品、蓄音機(電気蓄音機を除く)、これらの部品及び附属品」を指定商品として、昭和五七年一月一四日に登録出願され、昭和六〇年六月二五日に登録されて、いずれも現に有効に存続しているものである。
3 よつて按ずるに、本願商標の構成は別紙一に示すとおりであるところ、構成中「Sammy」の文字は、それ自体、独立して看者の注意を惹き、かつ、自他商品の識別標識としての機能を果たし得るものと認められるものである。
また、「Sammy」の文字は、特定の語義を有しない造語とみられるところから、英語読み風に「サミー」と読まれるのが自然であるとするのが相当であるから、「Sammy」の文字に相応して「サミー」の称呼が生ずるものということができる。
4 これに対し、引用A及びC商標の構成は前記のとおりであるところ、いずれもその構成中の「サニー」の片仮名文字部分は、「SUNNY」及び「SUNY」の欧文字部分の表音を表したものと理解されるものであるから、「サニー」の称呼を生ずるものとするのが相当である。
また、引用B商標は、「サニー」の文字に相応して「サニー」の称呼を生ずること明らかである。
5 そこで、本願商標より生ずる「サミー」と各々の引用商標から生ずる「サニー」の両称呼を比較検討するに、両者は、共に長音を含む三音よりなり、称呼における識別上最も重要な要素を占める語頭音「サ」と語尾音の長音を共通にし、中間の「ミ」と「ニ」の音に差異を有するものである。しかして、「ミ」と「ニ」の差異音は、その母音「i」を同じくするばかりでなく、それぞれの子音「m」と「n」の音も共に鼻音で近似した音であり、しかも、両者とも次に続く音が長音であることから、母音「i」が余韻として明瞭に発音されることと相俟つて「ミ」と「ニ」の音の差異が称呼全体に与える影響は少なく、両者はそれぞれ一連に称呼するときは、その語調、語感が近似したものとなり、聴者をして、彼此聴き誤るおそれがあるものといわざるを得ない。
6 してみれば、本願商標と引用A、B、C商標とは、それぞれの外観及び観念の類否について論及するまでもなく、称呼上類似する商標であり、かつ、指定商品も同一または類似のものと認められる。
7 したがつて、本願商標を商標法四条一項一一号に該当するものとして拒絶した原査定は妥当であつて、これを取り消す理由はない。
三 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点1ないし4は認める。同5のうち、「(本願商標より生ずる「サミー」と各々の引用商標から生ずる「サニー」の称呼)は、共に長音を含む三音よりなり、称呼における識別上最も重要な要素を占める語頭音「サ」と語尾音の長音を共通にし、中間の「ミ」と「ニ」の音に差異を有するものである」とした点は認めるが、その余は争う。同6及び7は争う。本願商標から生ずる「サミー」と引用各商標から生ずる「サニー」の称呼は、語感語調が相異なり、聴感相紛れることがなく、十分聴別し得るものであるのに、審決は、この点の認定判断を誤つた結果、本願商標と引用各商標とを称呼上類似する商標と判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 本願商標の称呼「サミー」は、摩擦音を構成する子音「s」に、開放して発音する母音「a」が結合した音節「サ」で始まり、これに続く第二音「ミ」は、両唇音(上下の唇で作られる音)となる鼻子音「m」に母音「i」を結合した音節「ミ」である。したがつて、本願商標を一連に称呼する場合には、最初に開放母音を伴つて大きく開いた両唇を、一度完全に閉じてから、今度は横方向に両唇を広げて「ミ」と発音し、その母音を伸ばすことになる(一度両唇を閉じて「ミー」と伸ばして発音される。)。
これに対して、引用各商標の称呼「サニー」は、語頭音は、開放して発音する摩擦音「サ」で、本願商標と同じであるが、これに続く第二音において、決定的な相違を有している。すなわち、第二音「ニ」は、舌先と上の歯茎とで作られる歯茎音の鼻子音「n」に母音「i」を結合した音節「ニ」であり、両唇を開いた状態のまま鼻へ気息を抜かして発音する音である。したがつて、この称呼「サニー」を一連に発音する場合には、最初に開放母音を伴つて大きく開いた両唇を、そのまま閉じることなく、しかも両唇の開放位置はほとんど変化せずに、鼻へ気息を抜かして「ニ」と発音し、その母音をそのまま伸ばすものである(両唇をほとんど動かすことなく、舌面の動きと声帯の振動だけで、「ニー」と発音する。)。
したがつて、本願商標と引用各商標の称呼は、形式的に判断すれば、鼻子音「m」と「n」の相違しかなく、母音「i」を共通にするものではあるが、一連に称呼する際の両唇、すなわち、口の開放、閉塞に顕著な相違があり、それが全体の語感語調に与える影響は大きなものがあるのである。このことは、本願商標と引用各商標との構成と同様な関係にある別な言葉を思い浮かべれば、更に明確になることである。例えば、「マミー」と「マニー」とか、「トミー」と「トニー」とかを、各々一連に発音してみれば、明らかに異なることが了解される。
被告は、「ミ」と「ニ」とは音声学的に類似度が高いと主張するが、商標の称呼の類似判断は、単純に音声学的観点からのみ判断されるものではなく、他の前後の音、称呼の長短のほか、取引の実情などの種々の要素を総合してなされるべきものである。更に、「ミ」と「ニ」との音声学的な類似度が高いといつても、あくまでも相対的な判断であつて、「ニ」と「ピ」の相違と比較すれば、確かに類似度は高いかもしれないが、「ヒ」と「フイ」の相違と比較すれば、類似度はかなり低いものといえる。
2 本願商標及び引用各商標の称呼は、いずれも全三音構成からなり、しかも、強音だけをみれば全二音という極端に短い音数構成からなるところ、このように短い音数構成の称呼にあつては、その一つ一つの構成音が重要な要素となるのである(音数構成が短ければ、差異音が称呼全体に与える影響は大きく、これによつて識別し得ることになる。)。本願商標と引用各商標を称呼する場合に、これらの相違点は、第二音に位置するが、第二音といえども、短い音数構成の称呼にあつてはこれを無視することはできず、称呼の識別上重要な要素である語頭音と同じ比重で聴取され、認識されるものである。したがつて、第二音「ミ」と「ニ」の相違は、全体の称呼に大きく影響するものというべきであるから、両称呼は、語感語調が相異なり、聴感相紛れることはなく、十分に聴別し得るものというべきである。「サミー」と「サニー」の称呼が、冗長な音数構成のなかに取り込まれているとき、例えば、「ニツサンサニー」と「ニツサンサミー」とか、「サミーデービスジユニア」と「サニーデービスジユニア」であるときなどは冗長な音数構成に各々の相違音が埋没して、聴別し難くなることは考えられるが、本願商標と引用各商標の場合には、その前後に他の構成音を全く有せず、識別力を発揮し得る最も短い称呼ともいえる二強音「サミー」と「サニー」からなるものであるから、その相違音「ミ」と「ニ」が、全体の称呼に埋没して聴別し難くなるということはない。多種多様の商品が市場に氾濫している昨今、需要者取引者は、微妙な語感の相違にすら敏感に反応するものである。まして、通常の注意力をもつて取引に当たることを前提として判断すれば、前途のような語感語調の相違は、両称呼を聴別せしむるに十分である。
3 本願商標と引用各商標とが、称呼上類似する商標といえないことは、本願商標が指定商品とする第二四類において、過去において、本願商標と同一の称呼を生じる「サミー」(登録第一一六一六一〇号・昭和四八年二月二六日出願)の商標が、引用A商標と併存して登録され、また、右の「サミー」の登録商標が有効に存続している間に、引用B商標及び引用C商標がそれぞれ登録されていることからも裏付けされることである。更に、他の指定商品についてみても、第七類において、「SUNNY」(登録第一三四二一八九号・商公昭五二―六一五九〇号)、「サニー」(登録第一八三二六七三号・商公昭六〇―三二六二〇号)及び「サミー」(登録第一二九五五八六号・商公昭五二―八三号)が併存して登録されている。また、第九類においては、「サニー」(登録第七六八七六七号・商公昭四二―三八五八四号)、「サミー」(登録第七七九九一七号・商公昭四二―三八五八四号)、「Sammy」(第一八五三五八二号・商公昭六〇―五五〇四五号)が併存して登録されている。第九類における右の「Sammy」の登録商標は、本願商標と同じ構成の商標であるところ、これが、「サニー」の登録商標と非類似とされていることは、明らかに「サミー」と「サニー」の称呼が相紛れるものでないと判断されたことになる。更に、第一七類においても、「サニー」(登録第七九五七九〇号・商公昭四三―一〇一〇〇号)及び「SUMMY」(登録第一〇六五九九四号・商公昭四八―二三三五一号)が併存して登録されている。
右にみた各指定商品の区分と本願商標の指定商品に係る第二四類「パチンコ機、その他本類に属する商品」とで、その需要者取引者等が格別異なるものとはいえないのであるから、「サミー」と「サニー」との称呼の類否判断には大きく変わるところがないはずである。特に、近年、企業の多角化により多種の商品を同一企業が製造販売する傾向は強まる一方であるから、右にみた指定商品に属する商品を取り扱う業界においても、その業界特有の要素を加味した商標の類否判断をしなければならない格段の事情は全く存在しないのである。このような登録事例についてみても、本願商標と引用各商標は、称呼上類似する商標といえないことは明らかである。
4 右のとおり本願商標から生ずる「サミー」の称呼と引用各商標から生ずる「サニー」の称呼とは、十分に聴別され得るものであるにもかかわらず、審決は、本願商標は引用各商標と称呼上類似する商標であるとの誤つた認定判断した点で違法であるから、取り消されるべきである。
〔編注2〕本件における別紙は左のとおりである。
別紙
<省略>